
津軽三味線は、明治時代初期、津軽地方一帯を門付けして歩いた「坊さま三味線」がルーツとされ、明治の末頃、弘前市の三味線師・斎藤尚晴が大阪で修業中、浄瑠璃の太棹三味線の影響を受けて改良したものと言われています。独特な音色を奏でる津軽三味線は、様々な奏法が開発されました。大正時代に入ると民謡興業の人気が高まり、三味線芸人たちの競争心を高め、一層多様な奏法が生み出されていきました。
たたきつけるような迫力のある奏法が生まれた背景は、吹雪の中の門付けでもよく聞こえるようにするため、あるいはマイクのない時代、観客を満足させるためなど複数の説があります。豪快かつ繊細な奥深い音色の津軽三味線は、津軽の風土と歴史が育んできた独特の伝統芸能と言えます。
三味線の種類は棹の太さにより、細棹、中棹、太棹と3つに分かれます。皮が張ってある「胴」の部分が大きくなるほど音にも迫力が増し、伴って棹も太くなります。かつて門付けが多かった時代は、軽量の細棹や中棹が使われていましたが、現在、独奏でダイナミックな演奏が中心となった津軽三味線では、ほとんどの場合太棹が使われます。
弾き手の感性・技巧により音色が異なり、即興性に富むダイナミックな奏法はジャズやロックにも共通したものがあり、若者にも絶大な人気があります。弘前では、「The津軽三味線」と題した祭典が開催されており、2008年1月には全国から集まった400人もの奏者による大合奏などが繰り広げられました。その他、全国各地で開催される競技大会やコンテストには高校生も参加するなど、若々しいエネルギーが撥さばきに注がれています。
人々を惹きつける津軽三味線の奥深さを探ることは、津軽の歴史や風土を知り、青森の伝統芸能や音楽文化への関心を高めることにつながります。




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