
青森ねぶたは、東北の夏を代表する祭りの一つで、1980年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。「ねぶた」の起源は、みそぎの行事「七夕」に行われる「眠り流し」の灯篭流しに由来するというのが一般的です。秋の収穫期を前に、労働を妨げる睡魔をはらうために行われたとも言われています。「ねぶた」を製作する人を「ねぶた師」といい、ねぶた師は、ねぶた祭りが終わるとすぐ来年の構想に入ります。題材を考え構想を練り、設計図となる下絵を描く。下絵をもとに骨組みを作り、紙張り、墨書き、ロウ書き、色づけ、台上げなどの作業を経てようやく完成です。製作期間はトータルすると約1年で、その間に囃子方の練習も行われます。祭りを待ち望む多くの市民や団体のボランティア活動も盛んです。まさに、青森市民の生活はねぶた祭りとともにあるのです。
青森県では、「青森ねぶた」の他にも各地で様々なねぶた祭りが開催されています。その代表的なのが、「弘前ねぷた」や「五所川原立佞武多(たちねぷた)」です。囃子方のかけ声はそれぞれ違い、青森が「ラッセラー」、弘前は「ヤーヤドー」、五所川原は「ヤッテマレ」。これは、弘前は戦いにおける出陣、五所川原は合戦中、青森は凱旋のかけ声に由来すると言われています。弘前ねぷたは、青森ねぶたとともに国の重要無形民俗文化財に指定されています。その違いはよく“動”の青森、“静”の弘前と表現されます。まず形状が異なり、青森の「ねぶた」が歌舞伎風の人形の灯籠なのに対し、弘前は扇形が主体。「ねぷた」の表面には三国志などの勇壮な鏡絵が描かれ、見送り絵と呼ばれる裏面には美人画や水墨画が描かれます。五所川原立佞武多は、高さが20mを超える巨大な山車が運行されます。1993年に明治・大正期の立佞武多の設計図の一部が発見され、これをもとに製作しようという運動が始まり、1998年の夏祭りで八十数年ぶりに蘇りました。ねぶた祭りには、人々の想いや願いが込められているのです。




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