所要時間 2時間40分
期間 4月下旬〜11月下旬
1 野辺地駅
(車で5分)
2 愛宕公園
所要時間 30分

・松尾芭蕉句碑(町指定有形文化財)
文政12年(1829)に芭蕉を慕う野辺地の俳人たちによって建てられた碑。「花ざかり山は日ごろの朝ぼらけ」の句は芭蕉が貞享5年(1688)に桜の名所吉野山で詠んだものです。
・石川啄木歌碑
当町は、歌人石川啄木ゆかりの地であります。伯父である葛原対月が当町常光寺住職であった頃、啄木の父一禎は、対月和尚のもとに身を寄せ、啄木も三たび当町を訪れています。

愛宕公園(野辺地町役場)
松尾芭蕉句碑(野辺地町役場)
石川啄木歌碑(野辺地町役場)
(車で3分)
3 西光寺のシダレザクラ(町指定天然記念物)
所要時間 10分

樹齢は250年以上と推定され、この種では県内でも屈指の古木です。長年の風雪に耐え、毎年春に美しい花を咲かせ、風情のある姿が人々に親しまれています。

西光寺のシダレザクラ(野辺地町役場)
(車で3分)
4 歴史民俗資料館
所要時間 60分

野辺地町立歴史民俗資料館
(車で5分)
5 浜町の常夜燈(町指定史跡)
所要時間 10分

文政10年(1827)に野辺地の廻船問屋野村治三郎によって建てられ、盛岡藩の日本海航路への窓口として賑わっていた野辺地湊へ夜間入湊する船の目印となっていました。

浜町の常夜燈(野辺地町役場)
(車で5分)
6 野辺地戦争戦死者の墓所(県史跡)
所要時間 10分

明治元年(1868)の戊辰戦争の際、新政府軍支持派の弘前藩と幕府軍支持派の盛岡藩は野辺地で交戦しました。墓所の墓石4基には、戦死した津軽軍兵士27人の名が刻まれています。

野辺地戦争戦死者の墓所(野辺地町役場)
(車で5分)
7 藩境塚(県史跡)
所要時間 10分

江戸時代に南部領と津軽領の境界の目印として旧奥州街道沿いに築かれた土盛りの塚です。この塚から烏帽子山頂を結ぶ線が両藩の境界とされていました。塚の直径はおよそ10m、高さは3.5mほどで、南部・津軽それぞれ2基ずつ、合わせて4基あることから通称「四ッ森」と呼ばれています。

藩境塚(野辺地町役場)

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